2026年10月05日

【実務解説】アパート建築による相続税対策の真実|令和8年9月18日通達案の5年ルールの中立的検証

「遊んでいる土地があるなら、借金してアパートを建てれば相続税を大幅に減らせる」——。

地主様や不動産オーナーの間で、この言葉は長年にわたり“確実な節税の鉄則”のように信じられてきました。ハウスメーカーや金融機関からの提案を受け、検討された経験を持つ方も多いはずです。

しかし、不動産売買仲介や資産コンサルティング、ファイナンシャルプランニング(FP)の現場に立つ実務者の視点から言えば、
「借金をしてアパートを建てれば誰でも得をする」というのは明確な誤解です。この手法は、特定の条件が完璧に揃った富裕層にとっては強力な資産防衛策になる一方、条件を一つでも見誤れば、「節税できた金額以上に賃貸経営が赤字化し、将来の子や孫に多額の借金と負動産を押し付ける」という深刻な失敗を招きます。

さらに、国税庁は令和8年(2026年)9月18日、「『貸付用不動産の評価について』の法令解釈通達(案)」を公表し、意見公募(パブリックコメント)を開始しました。これにより、令和9年(2027年)1月1日以後に発生する相続・贈与から、賃貸不動産の駆け込み取得・新築に対する評価ルールが根本から激変します。

本記事では、誇張や推測を完全に排除し、公表された最新の通達案および現行の税法規に基づき、アパート建築スキームの仕組み、有効に機能するケース、そして破綻するケースを数字と根拠をもって客観的に解説します。

1. そもそもなぜ「借金アパート建築」で相続税が圧縮できるのか?

はじめに、このスキームによってなぜ相続税評価額が下がるのか、その税務上の計算構造を整理します。

本質は、「現金・更地」を「賃貸不動産」に組み換えることによる評価減と、銀行からの「借入金(債務控除)」の二重効果にあります。

① 土地の評価減(貸家建付地)

更地(自用地)の上にアパートを建てて第三者に賃貸すると、土地の利用に賃借権の制約が生じるため、相続税評価額は更地評価よりも減額されます。これを「貸家建付地(かしやたてつけち)」と呼びます。

貸家建付地の評価額 =自用地評価額 (1 - 借地権割合×借家権割合×賃貸割合)

●借地権割合

路線価図に記載された地域ごとの割合(住宅地では一般的に60%〜70%程度)
●借家権割合
国税庁により全国一律で「30%」と規定
●賃貸割合
課税時期における実際の入居率(満室なら100%)

例えば、借地権割合60%の地域で満室稼働している場合、更地評価額から「60%×30%×100% = 18%」が減額され、更地時と比べて約82%の評価額まで圧縮されます。 

② 建物の評価減(固定資産税評価額+貸家控除)

建物を新築した場合、建築費(請負金額)がそのまま相続税評価額になるわけではありません。

●建物の固定資産税評価額
一般的に建築費の約50%〜60%水準で決定されます。 
● 
貸家控除
他人に他人に賃貸している建物は、自用家屋評価額から借家権割合(30%)× 賃貸割合が控除されます。

貸家の評価額 = 固定資産税評価額 × (1 - 30% × 賃貸割合)

満室賃貸の場合、建築費1億円の建物であっても、固定資産税評価額が約6,000万円であれば、貸家控除(30%引)により、建物の相続税評価額は約4,200万円(建築費の約42%)まで一気に圧縮されます。

③ 借入金(アパートローン)の債務控除

アパート建築のために金融機関から借り入れた債務は、「100%額面通り」に相続財産の総額から差し引く(債務控除する)ことができます。

【計算モデル】1億円の現金を投じる場合との比較 
パターンA(現金のまま保有)
 ⇒1億円の財産評価 ➔ 課税対象額は1億円 

パターンB(1億円を借りてアパート新築)
 ⇒1億円の財産評価 ➔ 課税対象額は1億円 
  

建物部分だけで差し引き5,800万円のマイナス資産が生まれます。
このマイナス分が、所有している「土地」や「他の預貯金」のプラス評価と相殺されるため、家全体の相続税課税価格を劇的に押し下げる——これがアパート建築による節税スキームの骨子です。

2. 【最重要】令和8年9月18日通達案で何が変わるのか?「5年ルール」の全貌

これまで富裕層や地主の間で広く行われてきたこの手法に対し、国税庁は明確なメスを入れました。それが令和8年9月18日に公表された「『貸付用不動産の評価について』の法令解釈通達(案)」です。

改正の背景:最高裁判決と駆け込み節税の横行

令和4年(2022年)4月19日の最高裁判決では、亡くなる直前に多額の借入を行ってタワーマンション等を購入し、相続税をゼロに圧縮した事案について、国税庁が「財産評価基本通達6項(総則6項:著しく不相当な場合の例外規定)」を適用して路線価評価を否認した処分が適法と認められました。
国税庁の調査データによると、相続開始直前の駆け込み取得・新築事例では、通達評価額と取得価額(実勢価格)との乖離が中央値で3倍を超えていた実態が明らかになっています。これらを法的に是正するため、明確な統一基準として新設されたのが今回の通達案です。

新たな評価基準:原則「時価」、例外「取得価額ベースの80%」

課税時期前5年以内に新築・購入した賃貸不動産は、従来の路線価や固定資産税評価額での評価が認められなくなります。

1.
【原則】課税時期における「通常の取引価額(時価)」による評価

2.【例外(安全弁)】取得価額を基にした「80%評価」 
取得価額が適正と認められる場合、土地は地価変動率を乗じ、建物は定額法の減価償却費を控除した上で、合計額の80%相当額で評価することが可能。
※ただし、この80%評価を用いる場合、従来の「貸家建付地控除」や「貸家控除」との重複適用はできません。

【影響試算】新築後3年で相続が発生した場合(令和9年1月1日以後)

1億円でアパートを新築(建物1億円・土地既存)し、3年後に相続が発生した場合

・現行通達➤建物の評価額は約4,200万円(大幅な評価減)

・新ルール➤1億円から3年分の減価償却を引いた残額の80% ➔ 約7,400万円程度で評価

従来の評価額(約4,200万円)と比べ、評価額は約1.7倍以上に跳ね上がり、圧縮効果は大幅に縮小します。

つまり、「高齢になったから慌ててアパートを建てて圧縮する」という駆け込みスキームは、令和9年以降の相続において通用しなくなります。

3. アパート建築スキームが「極めて有効」に機能する状況

新ルールの導入を踏まえた上で、このスキームが現在でも、そして今後も「正当かつ極めて有効」に機能するのは、以下の3つの条件がすべて揃っている場合に限られます。 

条件①:相続税の限界税率が「30%〜55%」に達する富裕層

相続税は累進課税であり、課税遺産総額に応じて税率が10%から最高55%まで段階的に上がります。

課税遺産が数億円超、限界税率が40%〜50%の世帯
仮に評価額を5,000万円圧縮できれば、「5,000万円×50% = 2,500万円」の相続税が確実に削減されます。削減額の絶対値が非常に大きいため、建築に伴う諸経費や金利負担を十分に吸収できます。

一方、基礎控除をわずかに超え、税率が10%〜15%程度の世帯では、圧縮による節税額は数十万〜百数十万円程度にとどまり、リスクに見合いません。

条件②:賃貸需要が途切れない「立地の強さ」がある

アパート経営は30年以上に及ぶ事業です。このスキームが成功する絶対条件は、「相続対策が終わった後も、入居者が入り続ける立地であること」です。

・県庁所在地や政令指定都市の中心部、最寄り駅から徒歩圏内
・
大学・大規模病院・工業団地など、安定した賃貸需要の裏付けがあるエリア
・
周辺の競合物件と比較しても空室率が低水準を維持できる立地

こうした立地であれば、借入金の返済原資はすべて入居者が支払う「家賃収入」で賄うことができ、相続後も家族に健全なインカムゲイン(収益)をもたらす優良資産として機能します。

条件③:本人が若く健康で「5年以上の長期保有」が見通せる

令和8年9月18日公表の通達案により、「5年」という期間が明確な境界線となりました。
被相続人となる方が健康で、新築から引き渡しを経て5年超にわたり健全に賃貸経営を継続できる見通しがある場合、新ルールの適用対象外となり、従来の貸家建付地・貸家評価(大幅な評価減)が適用されます。
早期から計画的に着手できる資産家にとっては、依然として強力な選択肢です。

4. アパート建築スキームが「不利・破綻」を招く危険な状況

反対に、実務の現場で数多くの地主様がトラブルに巻き込まれ、後悔している典型的な失敗パターンは以下の通りです。

失敗要因①:需要のない土地に建てて「空室・赤字地獄」に陥る

「先祖代々の土地を手放したくない」
「更地の固定資産税が高いから」
 

という理由だけで、駅から遠い農地や郊外の遊休地にアパートを建ててしまうケースです。

新築当初➤ハウスメーカーの営業攻勢や一括借上(サブリース)契約により満室スタート。 

10〜15年後➤
周辺相場の下落とともにサブリース賃料の減額要求が発生。外壁塗装や給湯器交換など数百万円規模の大規模修繕が重なる。 

破綻の構図➤空室が増加し、「毎月の家賃収入 < 銀行へのローン返済+修繕積立」の逆ザヤ(持ち出し)状態に陥る。

節税できた相続税が数百万円であっても、その後に毎年数百万円の赤字を垂れ流してしまえば、トータルの家計資産は確実に目減りします。

失敗要因②:相続人の納税資金がショートする(資産の固定化)

1億円の現金をアパートに変えてしまうと、「資産の流動性」が極端に低下します。

・
相続税は、被相続人が亡くなってから「10か月以内」に原則として現金で一括納付しなければなりません。  

・アパートを建てた結果、手元の現預金が底をついていると、「相続税を支払うための現金が足りない」という事態に陥ります。 

・借入金付きのアパートを物納することは法律上認められず、急いで売却しようとしても、借入金が残っているアパートは買い叩かれ、大きな売却損を被ることになります。

「もちろん、借入金は相続税の計算上で財産から差し引くこと(債務控除)ができるため、相続税そのものは大幅に安くなります。
しかし問題なのは、『安くなった後の税金ですら、支払うための現金が手元に残っていない』という事態です。建築頭金や諸経費で手持ちの現預金を使い果たしてしまうと、いくら借金で税額を圧縮できても、残った百万円単位の相続税を納める現金がなく、資金ショートに追い込まれます。」 

失敗要因③:遺産分割で兄弟間の「争族」を引き起こす

現金であれば「長男に3,000万円、次男に3,000万円」と1円単位で公平に分けることができます。

しかし、1棟のアパートは物理的に分割できません。「長男がアパートを引き継ぎ、次男には分ける財産がない」状態になると、次男から「遺留分侵害額請求」を起こされ、家族関係が完全に崩壊するリスクを抱えます。共有名義で相続させた場合、将来の大規模修繕や売却の際に全員の同意が必要となり、身動きが取れなくなります。

5. 【実務比較表】有効な状況 vs 不利な状況の総括

アパート建築スキームの成否を分ける判断基準をまとめると、以下のようになります。
評価軸 成功するケース(有効) 失敗・後悔するケース(不利)
対象地の立地 駅徒歩圏・都市部など将来も賃貸需要が堅固な場所 駅から遠い郊外・交通不便な農地・単身需要の薄い地域
相続税の実効税率 限界税率が30%〜55%の富裕層(節税額が大きい) 限界税率が10%〜15%前後の層(リスクと節税額が不見合い)
着手時期と健康状態 新築後5年以上の保有が見込める(新ルールを回避可能) 余命が数年以内と予測される(通達案の80%規制・総則6項対象)
手元現金の余裕 アパート建築後も、納税資金としての現預金が十分に残る 建築頭金や諸経費で現金を使い果たし、納税資金が不足する
将来の修繕計画 15年目以降の大規模修繕費を賃料収入から計画的に積立可能 サブリースの賃料減額に対応できず、オーナーの持ち出しになる
家族・相続人の合意 賃貸経営を継ぐ意思のある相続人が1人に確定している 相続人が複数おり、公平に分ける現金資産が不足している

6. まとめ:節税を目的にするのではなく「資産の手残り」で判断する

アパート建築による相続税対策は、決して魔法の杖ではありません。

本質は「賃貸住宅の経営者になり、30年間にわたる事業リスクを家族で引き受けること」です。

令和8年9月18日に国税庁が公表した通達案が示す通り、国税当局は「事業実態のない駆け込みの節税策」を厳格に排除する方針を明確にしています。令和9年1月以降は、「亡くなる直前に建てて圧縮する」という安易な手法は通用しません。

もし現在、遊休地の活用やアパート建築による相続税対策を検討されているのであれば、以下の視点から冷静に判断してください。
 
1.「節税額」ではなく「30年間のキャッシュフロー(手残り)」がプラスになるか? 
 
2. 新ルール(5年ルール)に抵触せず、長期的に安定した入居率を維持できる立地か?
 
3.アパートを建てた後、残された家族が相続税を支払うための「現金」は手元に残るか? 
 

立地や需要に不安がある土地であれば、無理に数千万円〜数億円の借金をして建物を建てるのではなく、「更地のまま早期に売却して現金化し、生前贈与や生命保険の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)を活用する」、あるいは「資産価値の落ちにくい好立地の資産へ組み換える」方が、結果として家族に遺る手残りがはるかに多くなるケースは多々あります。

目先の「税金を減らしたい」という思いにとらわれず、将来の維持管理コスト、納税資金、遺産分割までを含めた全体設計を行うことが、真の資産防衛につながります。

監修・執筆
合同会社ととのうおうち

福岡県糟屋郡宇美町を拠点に、不動産売買仲介、農地転用、中古住宅リノベーション提案、資産コンサルティングを展開。

宅地建物取引士・ファイナンシャルプランナー(FP)の立場から、建築会社の都合に偏らない「長期的な事業採算性と相続税務を両立させた中立な不動産提案」を行っています。
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